要点:106万円の要件を満たして本人が社会保険に加入すると、当人の保険料負担で短期の手取りは減りがち。一方で、医療・休業・出産・年金(将来)などの保障が増えます。
判断は個人の手取りだけでなく、世帯手取り(配偶者控除の影響)と保障価値を含めて「損益分岐」を見ましょう。
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1. まず前提:何が増え、何が減る?
- 増える(コスト):本人の社会保険料(健康保険+厚生年金+雇用保険+〔40~64歳は介護保険〕)。
- 減る(節税・給付):
- 将来の年金額UP(厚生年金の加入期間が増える)
- 医療給付/傷病手当金/出産手当金などの保障の厚み
- 税の面での変化:本人の給与所得控除・社会保険料控除が増える/一方で世帯主側の配偶者控除・特別控除が縮小する可能性
つまり、本人の保険料負担増 vs (保障+税制変化)のトータルが損益分岐の考え方です。
2. 損益分岐の見方(フレーム)
基準式(世帯手取りベース)
- 加入後の世帯手取り = 本人の手取り(=給与-本人社会保険料-本人の税) + 世帯主の手取り(=給与-税〔配偶者控除の減少分を反映〕)
- 損益分岐点:加入「前」世帯手取り ≦ 加入「後」世帯手取り となる給与水準(または労働時間)
実務の簡易手順(電卓でOK)
- 本人の月額総支給(基本給+所定内手当、※通勤手当は加入要件の8.8万判定からは除外)を見込み
- 本人の社会保険料合計率を把握(概算でOK:地域の健康保険料率+厚年9.15%+雇用保険0.3~0.6%+介護1.8%前後〔40~64歳のみ〕の**“労働者負担分”**の合計)
- 本人の手取り減少額 ≒ 月額総支給 × 社会保険料率(労働者負担)
- 世帯主側の控除減の影響 = (控除の減少額)×(世帯主の所得税率+住民税10%)
- 3+4(手取りの目減り)と、加入によるリターン(保障価値+将来年金増)を比較
- 増額できる残業・時給UP・昇給等の“月収上乗せ”で、3+4を超えられるかが損益分岐
難しければ、まずは3+4を「埋めるのに必要な月の上乗せ収入」として把握します。
3. ざっくり早見表(概算の目安)
注意:健康保険料率は都道府県・健保で異なります。ここでは労働者負担の合計率の例で比較し、**必要な“月収の上乗せ”**を目安化します。
| 労働者負担の合計率(例) | 月収20万円の本人保険料 | 月収16万円の本人保険料 | 「世帯主の控除減の影響」も月1万円あると仮定した場合の埋めるべき合計 |
|---|---|---|---|
| 14%(健保や介護なし低め想定) | 28,000円 | 22,400円 | 38,000円 / 32,400円 |
| 16%(平均的なレンジ) | 32,000円 | 25,600円 | 42,000円 / 35,600円 |
| 18%(健保高め+介護該当) | 36,000円 | 28,800円 | 46,000円 / 38,800円 |
- 例:月収16万円・合計率16%・世帯主の控除減影響1万円 →
月3.56万円の上乗せがあれば「短期の可処分所得ベース」で損益分岐に届く。 - ここに保障価値(傷病手当金・出産手当金・将来年金増)を織り込むと、実質の分岐点はもう少し低くなります。
4. ケースで理解(計算例)
ケースA:20代・介護保険なし、月収16万円、世帯主の税率15%+住民税10%、配偶者特別控除が少し縮む
- 保険料率(労働者負担合計):仮に16%
- 本人の保険料:16万×16%=25,600円
- 世帯主側の控除減:仮に5,000円/月の手取り減に相当(年間6万円の控除減×税率25%÷12)
- 埋めるべき合計:25,600+5,000=30,600円
- 損益分岐:時給1,200円なら月26時間程度の上乗せで到達(30,600÷1,200≒25.5)
ケースB:40代・介護保険あり、月収18万円、世帯主の税率20%+住民税10%で控除縮小大きめ
- 保険料率(労働者負担合計):仮に18%
- 本人の保険料:18万×18%=32,400円
- 世帯主の控除減:仮に10,000円/月
- 埋めるべき合計:42,400円
- 損益分岐:時給1,300円なら33時間の上乗せで到達
※ 税率は世帯主の課税所得で変わります。「世帯主の所得税率+10%」を掛けると控除減の“手取り影響”の概算が出ます。
5. 「加入のメリット」を数値化してみる(ざっくり)
- 傷病手当金:病気・ケガで働けない時、標準報酬日額の約2/3(支給要件・期間あり)
- 出産手当金:産前産後の休業期間中に給与の約2/3相当
- 将来の年金:厚生年金の加入月数×平均標準報酬で増加
- 医療給付:自己負担3割・高額療養費など
これらは「いざ」という時に数十万円~数百万円級の差になります。短期の手取り差だけでなく、リスクヘッジの価値も含めて考えるのが合理的です。
6. 106万円・130万円との関係(混同しやすいポイント)
- 106万円(勤務先社保加入):
- 所定内賃金 月8.8万円以上+週20h+2か月超見込み+学生ではない+事業所51人以上
- 所定内賃金には通勤手当を含めない(加入要件の判定)
- 130万円(被扶養の可否):
- 月10.83万円が継続するか/交通費を含む収入で見られることが多い
- 損益分岐を見るとき:
- 「加入要件の達成」(106)と「被扶養の継続」(130)を別軸でチェック
- 加入したら保険料計算(標準報酬)には通勤手当も含む点に注意(家計への実質負担に効く)
7. すぐ使えるチェックリスト(加入前の確認)
- 自分の月額総支給(基本給+所定手当/通勤手当は別)
- 会社・地域の**保険料率(労働者負担)**の合計(健保・厚年・雇用・介護)
- 本人の月の保険料=月額総支給×合計率
- 世帯主の税率(所得税率+10%)と、配偶者控除(特別控除)の縮小見込み
- 埋めるべき金額(月)=本人の保険料+(控除縮小の手取り影響)
- 時給・残業・昇給で埋められるか(必要追加時間=埋めるべき金額÷時給)
- 保障面の価値(傷病・出産・将来年金)も定性的に加点して意思決定
8.よくある質問(FAQ)
Q1. 社会保険に入ると必ず手取りは減りますか?
A. 短期的には「保険料の本人負担分」が増えるので手取りが減るケースが多いです。ただし時給が高い・交通費が実費でつく・ボーナスがあるなどで月収自体が増えていれば、加入してもトータル黒字になることもあります。記事の損益分岐で「月いくら上がれば保険料を回収できるか」を見てください。
Q2. 交通費は損益分岐の計算に入れますか?
A. 加入判定(106万円など)のときは「所定内賃金」(基本給+手当)がベースで、通勤手当を除くことが多いです。一方で、実際の標準報酬の決定や被扶養の判定では通勤手当を含める運用が多いので、家計の実負担をみるときは「交通費も入れた月額」で試算しておくと安全です。
Q3. 一時的に8.8万円を超えた月があっただけでも加入になりますか?
A. 社会保険は「その水準の賃金が継続して見込まれるか」で判断されます。1か月だけの残業や一時的なシフト増では加入にならないこともあります。最終的な扱いは会社の就業規則・加入している健保や年金事務所の判断に従ってください。
Q4. 106万円の壁と130万円の壁はどちらを優先して考えればいいですか?
A. 106万円の壁は“本人が社保に入るかどうか”の話、130万円の壁は“配偶者の被扶養でいられるかどうか”の話で、別物です。106を満たす働き方なら先に加入のほうが優先されると考えておき、130は「世帯での保険料がどうなるか」を見ると整理しやすいです。
Q5. 加入しても得になるパターンはどんな人ですか?
A. ①時給や月収が今後さらに上がる見込みがある人、②医療や出産などで給付を受ける可能性がある人、③将来の年金を増やしたい人、は多少の保険料アップを超えるメリットが出やすいです。逆に「今は130未満で保険料ゼロをキープしたい」なら加入を回避する働き方を優先します。
9. まとめ:意思決定の指針
- 短期の手取りだけを見ると加入は不利に見えがち。
- しかし、保障の厚み・将来年金と収入上げ余地を合わせて見ると、分岐点は想像より低いことが多い。
- 結局は、世帯の手取り最大化+リスクヘッジで考えるのが正解。
- 超えない戦略:130未満キープ、税のレンジ最適化
- あえて超える戦略:106加入+時給/時間UPで分岐を越える
参考リンク(内部導線)
免責
本記事は一般的な目安です。保険料率や税率、配偶者控除の可否は年・地域・加入健保・世帯の所得状況で異なります。最終判断は勤務先の労務・加入健保・年金事務所・税務署など公式一次情報でご確認ください。
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